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高松高等裁判所 昭和45年(ラ)1号 決定

抗告人

西内康起

相手方

土佐清水市

代表者

岡林亀一

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

本件抗告の趣旨並びに理由は別紙「再抗告状」及び「補正の申立」に記載のとおりである。

当裁判所も原審と同様に、抗告人が本件調停の申立において紛争の要点として述べるところは結局徳義上の問題にとどまるもので、民事調停法にいう民事に関する紛争に該当するものではないと判断するものであつて、かような判断が憲法第一二条、第一三条ないし第一七条の諸規定の解釈を誤り、憲法に違背するものとはとうてい考えられないので、論旨は採用できず、本件抗告は理由がないものというべきである。

よつて本件抗告を棄却することとし、抗告費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり決定する。(合田得太郎 谷本益繁 林義一)

再抗告状

再抗告の趣旨

原決定を取消す

本件を中村簡易裁判所に差戻すとの裁判を求める

再抗告の理由

憲決第十七条は公務員の不法行為に基づく損害賠償にふれているが、この謂は民法第七〇九条にいういわゆる損害賠償に適用されるものだと解せられ、また民法第七百十条の末段に示す「財産以外ノ損害ニ対シテモ其賠償ヲ為スコトヲ要ス」とみえている。

そこで再抗告人請求旨趣の適法は財産以外の損害要償に対するいわゆる損害の法的新定義でなければならぬ。

ところで再抗告人は現在法に於て摘示援用すべき法的根拠をば本件原審に於ては憲法第一七条の精神に則り民法第七〇九条及び第七一〇条末段に示すものにその法的根拠を求め、抗告審に於てはその主文に基づく理由の二頁おわり一行目「相手方の所為が」から以下第二枚目はじめから六行目「適法な調停申立であるというべきであるのに」迄再抗告人は著作権法の該法条をさらに法的援用根拠に摘示した。

そこで当審請求に於ては憲法第一三条及び特に憲法第一七条の解釈に違背があるとしてである。

日本国憲法は、その第一二条乃至第一三条にいわゆる「公共の福祉」をかんがえ前者はその責任を、後者はその尊重範囲に及んでいる。

最高裁等は過ぐる新宿事件乃至博多事件等に於て報道機関が報道の為の写真肖像及びテレビ用の撮影フィルム等の提出命令が要証拠保全の為のものだとして(「公共の福祉」を害さない。)とさえ新判例を国民の前に示したものである。

現代に於てはこのようの新しい解釈に基づく新判例が幾多打出されているのであるから、再抗告人が原審に於て相手方の所為が民法第七〇九条、第七一〇条の不法行為にあるとし、抗告審に於てはさらに著作権法第一八条、第二〇条、第二一条及び第三八条の規定の準用を求めたところ、本件抗告の当否について「棄却」の決定のなされたことは憲法第一二条第一三条及び第一七条就中第一七条の規定について現下国民の社会情勢乃至その社会的生活像に照して十分なる研究、解釈が為されておらず、因つて以つて憲法解釈の誤りなり之が違背等の存するものとし、再抗告人の請求する銅像等の建立は一の肖像「画」でもあり憲法第一二条乃至一三条の「公共の福祉」についてもお一度裏返した最大の尊重と適法援用の引伸ばしが之について行われ上述の新判例によつてもさらに新しい見解の生み出さるるよう本件に関する法的準拠なるものに革新的解釈が下されて然るべきものを望み民事訴訟法第四一三条によりここに本再抗告に及んだ次第であります。

補正の申立

再抗告について再抗告人は次のとおり補正の申立をする。

一 仮りに本再抗告につきその再抗告理由に述べる現行法に援用する適法がないから憲法解釈にも亦違背がないというは失当であると思料する。

二 本再抗告人の強調するところは憲法第一三条乃至第一七条の解釈に原審の却下及び抗告の棄却が正鵠を得ているとは云い難いとするものである。

そこで本件再抗告について

憲法該法条の精神に横溢した新判断を求めて罷まない。

右のとおり補正の申立をする。

〔参考・原決定〕

右当事者間の中村簡易裁判所昭和四四年(ノ)第三四号アイデア料等請求調停申立事件につき、同裁判所が同年一〇月二七日なした却下決定に対し、抗告人から抗告の申立があつたので、当裁判所は次のとおり決定する。

主文

本件抗告はこれを棄却する。

理由

一、本件抗告の理由の要旨は「抗告人は、昭和三八年三月まで数年にわたり、当時の土佐清水市市長吉田三庸喜に対し、足摺に中浜万次郎翁の銅像を建立して足摺地区の観光開発に資するよう進言していたところ、昭和四三年七月一一日土佐清永市足摺に右中浜万次郎の銅像が建設された。右銅像の建立は、抗告人の前記進言に起因すると思われるにも拘らず、相手方は抗告人に対し何等報いようとしないので、抗告人は相手方に対し右アイデアの供与に対する報酬として金一〇〇、〇〇〇円の支払いと抗告人を表彰するよう調停を求めるため、昭和四四年九月四日中村簡易裁判所に対し本件調停の申立をした。ところで、右調停申立において抗告人が述べている紛争の要点は、相手方の所為が民法第七〇九条、第七一〇条の不法行為にあたるかまたは権利濫用をもつて目すべきものであり、仮りに然らずとするも著作権法第一八条、第二〇条、第二一条、第三八条の規定の準用により抗告人が相手方に対してなした前記提唱にかかるアイデアは一種の著作物として保護さるべきものと思料されるのであるから、結局民事上の権利又は法律関係につき争いを生じた場合にあたり、適法な調停申立であるというべきであるのに、原裁判所は、抗告人の右調停申立書記載の事実が不法行為ないし権利濫用にもあたらず、抗告人の請求の基礎が単なる信義上の問題にすぎないとして、右調停申立を却下したのである。よつて、原決定には法律の解釈適用を誤つた違法があるからこれが取消を求める。」というにあると考えられる。

二、よつて以下に本件抗告の当否について検討をする。

民事調停法第二条には「民事に関して紛争を生じたときは、当事者は、裁判所に調停の申立をすることができる。」と規定されているのであるが、右法条にいう「民事に関し紛争を生じたとき」とは、私法上の権利又は法律関係に関して意見の不一致を生じた場合をいうと解すべく、これは同法の制定理由からもまた同法第一九条の規定の趣旨からも明らかなところである。ところで、抗告人の本件調停の申立は、要するに、抗告人が相手方に対し土佐清水市足摺地区に中浜万次郎の銅像を建立するよう示唆進言したことに対するアイデア料の支払と抗告人を表彰すべきことを求めるにあるのであるが、抗告人が右のような示唆進言をなすに至ったのは、一件記録によれば、抗告人が中浜万次郎の長男である東一郎と昵懇にしていたこともあり、且又明治一〇〇年というような歴史的な時期に際会し、幕末、明治維新にかけてわが国英学の先覚者である中浜万次郎の遺徳を顕彰し、ひいてそれが足摺地区の観光開発の端緒を開くことにもなるとの考えから自発的、好意的になしたものであるというのであり、もともとその示唆進言に対し報酬を受けるというような話合ないし契約のもとになされたものでないことが窺知できるのであつて、このような事情を斟酌して考して考えると、抗告人のいうような示唆ないし進言がなされたものとしても、相手方がこれに対し幾何かの報酬を給付するかどうか等の点は法的規律の領域外のものであつて、単なる徳義上の問題にすぎないものというべきである。そうすると、相手方が抗告人に対し何ら金銭的な給付ないし表彰といつたような方法で報いるところがないとしても、それが抗告人のいうような不法行為にあたるとか権利濫用にわたるものであるとは到底解し得ないところであるのみならず、抗告人の前記示唆ないし進言にかかるアイデアは未だ著作権法にいう著作物にあたるとかまたはそれに準ずるものとは言い難いから、同法を適用ないし準用してこれを保護することも得ないといわなければならない。してみると、抗告人が本件調停の申立において紛争の要点として述べたところは民事に関する紛争には該当しないものというべく民事調停の対象たるに値しないから、抗告人のなした前示調停の申立を却下した原決定は相当であり、本件抗告は理由がなく棄却を免れない。

三、よって、民事調停法第二二条、非訟事件手続法第二五条、民事訴訟法第四一四条、第三八四条に則り主文のとおり決定する。

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